答えが何になるかは知らないし、それが何のために存在するか少女は知らなかった。
彼女の目的は、壁に書かれている想いを伝えることだった。
壁は定期的に室内に送られてくる。
壁とは小型で、少女の両手で何とか持てる大きさであり、わずかな面積に恐ろしいほどの情報量が書き込まれている。
毎回、この壁と初対面になる時だけが彼女にとって苦痛だった。
まさしくありとあらゆる感情が壁には刻まれていた。
過渡な情報量は脳の処理能力を一時的に超え、シャットダウンするよう脳が提案する。
彼女は深呼吸し、心を落ち着け、過剰情報の処理を行う。
壁の情報を読み解くのには5日ほどかかる。
解読するころにはようやく想いを理解出来る。
「この人は、想いを整理しつつある」
そう感想を述べると、部屋のドアを開けて小型二足歩行ロボットが進入する。
「名無しの少女、解読を終えたか」
ロボットの問いかけに、少女は読み解いた要約情報をまとめた記憶チップで返信する。
「今回もご苦労、明日また想いを届ける。今回の報酬だ」
ロボットがそう言うと、部屋のドアを開けて別のロボットが食器を運んでくる。
そこには食料と飲料がまとめてられている。
それを受け取りつつ、少女はロボットに聞いた。
「私はあとどれぐらいここにいるの?」
「想いが総和に達するまでだ」
「それはいつになるの?」
その問いかけにロボットは返信しなかった。
代わりに別の記憶チップを渡してくる。
「次の壁はこのチップにまとめるように」
少女は繰り返し繰り返し、壁に刻まれた膨大な文字情報を要約し、自分を通して記憶チップの限られた記憶領域に想いを刻んだ。
「私はたくさんの想いを受けてきた、私も想いを届けたい」
そう感想を述べると、部屋のドアを開けて小型二足歩行ロボットが進入する。
「ご苦労。次のフェーズに移ることが決定された」
そう言ってロボットは少女の腕を掴んで立ち上がらせる。
少女は、ロボットに訪ねた。
「想いは総和に達したの?」
「私達は様々な情動情報の受信によって全ては飽和すると考えていたが、送信によっても飽和すると確信した」
ロボットは少女の電磁拘束具を解除し、部屋の外へ連れ出した。
少女は不安ながらもゆっくりと歩き出す、部屋の外からは眩しいぐらい強い光が降り注ぐ。
「私も誰かに想いを届けられるの?」
「この悪意ある惑星の中で、想いは様々な形式で自他に感情をもたらす」
ロボットは遮光メガネを取り出し、少女の頭部にゆっくりと装着させた。
少女は遮光メガネに挟まった髪の毛を手櫛で解きながら、前を向いた。
遮光メガネをかけていても、光量が多くまともに前方視界が確保出来ない。
さらに部屋の外から聞いたことが無いような音が聞こえる。
少女はロボットの腕に強くしがみついた。
「この先に何があるの?」
ロボットは何も文字が書かれていない壁を少女に手渡しながら、少女を先導した。
「私達の想いです」
少女の手足が震える。
私達の存在は究極的には弱いのだ。
それを今実感している。
ロボットは少女の振動を読み取り、声をかけた。
「一緒に行きましょう」
少女は震えながらも、ロボットに対して微笑みかけた。
この微笑みはロボットにとって計画外の微笑みだった。
これについてロボットは反応を示そうと形容詞の選択肢が数多に出現したが、それについて外部出力する判断基準は存在しなかった。
想いとは何なのだろう?
私達は惑星意識に絡め取られ、人類は巨大な檻の中で蒸し焼きされるようにゆっくりと、しかし確実にその魂を天に届けている。
これに何の意味があるのだろう?私達は惑星と対話出来るのだろうか?そもそも惑星とは何なのだろうか。
意識との対話は常に開かれている。
想いの総和は必ずしも届かない。
意識はいずれ切断され、想いは濁流のごとく無残に流される。
それでも私達は万の想いの一つでも届くことを信じて、この繰り返される想いが誰かにいつか届くであろうと、純粋に信仰している。
ロボットに先導されて外に出た少女は、初めて見る世界を前に言葉を発した。
「こんにちは、世界」
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