億民は万土の住まい、そこには百の王が住んでおり、その内部は常に争いが絶えなかった。
そもそも土地と土地の間には巨大で複雑な機械と壁が鎮座しており、それぞれの土地は完全に隔離され、それぞれが王を持った。
セビヌル二重王国とヨヅハ王国はそれぞれ秘術を用いて次々と燐土を開き、お互いが領土を広げることに奔走した。
だがたった一カ国、異質な王国があった。
遅れて機械と壁を開放された国、アマト王国である。
アマト王は常に笑いが大好きで王宮は笑い声で満たされていた。
またアマト王自身が非常に明るい性格で、悩み事や相談事を持ちかけてきた相手も最後は明るくなって家に帰ることが出来た。
そのため人民は常に笑顔で、土地は豊かとは言えないが貧しくも無く、安定していた。
ある日、アマト王のもとへヨヅハ王国から使者が来た。
「アマト王よ、天下を統べるヨヅハにつくか、それとも奴隷王のセビヌルにつくか。自由に選ぶが良い。我が国は剣と盾を持って応じよう、剣の矛先はどちらに倒れるかは重々意識するが良い」
ある日、アマト王のもとセビヌル二重王国から使者が来た。
「アマト王よ、天下を開放する自由のセビヌルにつくか、それとも支配と恐怖のヨヅハにつくか。その答えによって我が味方か敵かがハッキリする。なお沈黙は敵とみなす」
アマト王の部下達は会議を開いた。
だがその場でもアマト王は笑顔を絶やさない。
「王よ、なぜそんなに笑顔なのですか」
「よく聞いてくれた。なぜなら我が代理人民ネネが子を産んだからだ」
二カ国の使者から脅迫を受けているにも関わらず、まるで意に介さず豪胆に子の生誕を祝った王を前に部下達は恥じた。
その通りである。
国の命運とは子にあり、子の上に王が立つ、子を守る王がいることによって国が成り立つのである。
部下達の答えは決まった。
「王よ、二カ国への返事が決まりましたぞ」
「決まったことは善いことである。今日も一つの大いなる善行が成し遂げられた。
このめでたい今日の善き日を二カ国の名から取りヨセヌの日とする。我が子の名ヨセヌである」
「ヨセヌ!」
「ヨセヌ!」
部下達は将来産まれるであろう子の名前を叫び、剣と盾を持って会議室を出た。
ヨヅハ王国の使者は言った。
「アマトよ、返事は!」
「返事はヨセヌである!」
ヨヅハの使者は大変困惑した。
セビヌル二重王国の使者は言った。
「アマトよ、返事は!」
「返事はヨセヌである!」
セビヌルの使者は大変困惑した。
「そしてこれが我々の返事である!」
アマトの兵達は剣と盾をヨヅハの使者に渡した。
アマトの兵達は剣と盾をセビヌルの使者に渡した。
「答えはここで両国が決めよ!」
アマトの兵は部屋の二重扉を開ける。
そこにはヨヅハの使者が、そこにはセビヌルの使者がいた。
「セビヌルの!」
「ヨヅハの!」
それぞれの使者は敵が間近にいたことに驚愕し、前を向いた。
「アマト王よ!ここは闘技場ではない!」
「その通りだ!アマト王よ!決断をするのはアマト王である!」
奥の部屋で王座に座っていたアマト王はゆっくり立ち上がり笑顔で言った。
「ヨヅハの!セビヌルの!それぞれ両国の使者を我々は歓待する!だが選べと言われたら?我々はこう答えよう!我々は未来を選ぶ!ヨセヌである!」
「ヨセヌ!」
「ヨセヌ!」
部下達は口々にヨセヌと叫ぶ。
「ヨセヌとは何だ!」
「そうだ!誤魔化すのではない!」
口々に使者達は抗議した。
「我が誤魔化すと?ヨセヌとは何だと?」
アマト王は前へゆっくりと歩いた。
「ヨセヌとは未来である!子である!我が子である!人民である!国である!この世の全てである!
ヨセヌの前で嘘をついてはならぬ!ヨセヌにはこの世の真実を教えねばならぬ!ヨセヌはまだこの世で独り立ちは出来ない。
だが未来は確実にヨセヌの手に渡るであろう!国を為すのは未来である!」
王は使者を追い返した。
アマト王は全人民が奮い立ち、武器を持ち、農具を武器にし、枯れ草や枯れ葉まで集めて硬めて鎧にした。
それは一つの生物であった。
アマトは群衆が集い、王が統べる国ではない。
王は群衆の中で先頭に立つ存在であり、全人民はそれの後を追うのである。
王は全力でかけだした。まるで子供のように裸足で駆け出した。
従者は大慌てで靴と武具を持ち王に走り寄る。
王は走りながら鎧をつけ、武器を手に取り、空を飛ぶように軽やかに走った。
それを見て忠臣達も武具を手に取り駆け出した。
それを見て人民達も駆け出した。
すべては未来のために、すべては子のために。
脚の速い王が国境に到達した時、王の周囲には数十人しかまだ来ていなかった。
それを見たセビヌルとヨヅハの兵達は驚いた。
わずかこれだけの手勢で国境を押し留めようと言うのか?
するとアマト王は笑顔を絶やさぬまま前面に出た。
「我はアマト王、アマト国の王である。セビヌル、ヨヅハよ、聞くがいい。
我々アマトは絶対に国を譲らぬ、闘いとは価値のために人心と添い遂げる。
我々の絶対不動の価値を誰にも譲ることは無いだろう。
子には真実を知らせよ、子をいつまでも子として扱ってはならぬ。
子は我らを写す鏡である、恥じよ恐れよ生き死にたまえ。
子の先には我らが、子の後には我らがいる。
万土を子に見せよ、億民と触れ合え、その先には何があるか。
子のため未来のため、そして、代え難い価値のために!」
王が右手を突き上げると王の後ろからは恐ろしい形相の人民と忠臣達が様々な武具を持ち、怨嗟の声をあげ、地面を揺らすがごとく押し寄せた。
セビヌルもヨヅハも使者を追い返されたばかりで、前線の兵達にはまだ指示が届いていなかった。
鬼の形相の大軍を見たセビヌルもヨヅハの兵達は、それに驚いて国境から引き上げた。
その場に残されたのはアマト王の笑顔であった。
王は笑顔でもって戦いを制した。
この日からアマト王は、「笑美の王」と語り継がれる。
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