人類は惑星意識に対抗するために、高度に人類を模した機械化人形部隊を編制し、それらはリガンド、と呼称されました。
それらは本来必要とされるはずも無い外観においてさえも芸術的でした。
機械化人形部隊にはアウリーパと呼ばれる女性を模した人形がいました。
彼女の日課は、朝起きて世界各国の民謡を歌い、夜は火の周りで民族のダンスを踊ることでした。
任務は部分的には失敗しました。
民謡は閾値を超えない範囲で抑揚や音程の上下、音の震えなどが再現されましたが、何かが違うと言われることもしばしばでした。
ですが大半は成功と言えるでしょう。
戦場において民謡やダンスなどの機会が滅多に無い為、現地部隊からの評判は高かったと聞いております。
ヘッシュマーレ補給作戦、エウデニル降下作戦、ベネチア防衛作戦、フリーダムファイター作戦、エディルネ防衛作戦。
しかし最も記憶に残るのはウィーン再奪還作戦でしょう。
ウィーンにおいては規模不明の惑星意識攻勢部隊が第一作戦に従事する人類部隊を突破した為、我々第二作戦人類部隊が急遽防衛に回りました。
ウィーンの攻防は非常に多忙かつ目まぐるしかったと聞きます。
ブルノ方面から無限とも思える規模の隙間の無い攻勢があり、現場士気は落ちるところまで落ちた為です。
アウリーパに出撃前の作戦案提示で、歌と踊りの混合を指揮官は提示しました。
アウリーパは指揮官の命令を絶対とする規範である為、通常はそのようなことは無かったのですが、
なぜかその作戦に関してだけは、意見具申と言う形で彼女は一つの提案をしました。
残念ながらその提案内容はログに残っていません。
しかしながら、指揮官はその案を採用すると返答したようです。
惑星意識攻勢部隊は、主に物理部隊、波動部隊、聴覚部隊、舞踏部隊などの混成部隊でした。
まさしく総力戦と言って良いでしょう。
人類は弾丸だけではなく、歌と踊り、思考と香り、色彩と感情で対抗する必要があったのです。
当然アウリーパは最前線に送られました。
彼女は様々な意識の衝突が行われる中で、一つの踊りを魅せました。
それが何の踊りだったのかは分かりません。
どこかの、非常に名もなき小さな部族の踊りだったのでしょう。
その踊りは人類が、機械を通してであれ、初めて惑星対話に成功したかのような、
それほどまでにあれほど激しかった惑星意識からの攻撃が、ほんの数時間だけですが、止まったのです。
彼女の周りには意識が、感情が、色彩が、あらゆる音が集中します。
それは騒音のようで騒音ではなく、想いのようで想いでなく、心のような、声のような、不定形の物でした。
観測手の報告によると、彼女は視認不可能になる直前まで一心不乱に踊り、声をあげ、笑ったり泣いたり、ほんの数十分の間に数十年分の人生を歩むかのような、
それほど激しい様相だったと言っています。
機械化人形に生命が宿ったと観測手は報告を終えました。
惑星意識の攻勢が止まっている時間は、人類に補給と反撃準備を与えるに十分でした。
私達はアウリーパを失い、ウィーンを守ったのです。
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