廃墟都市生活

その日、柔らかなベッド上で目を覚ました。
ベッドから起き上がり、部屋の灯をつけようと思ってライトスイッチに手を伸ばす。
だがそれはライトスイッチではなかった、カーテンレールの滑車が回転し、朝日を取り入れようとカーテンが開かれる。
全面ガラス張りの窓からは都市が見えた。
奥に高層ビル群、手前に中層、至近に低層が見える。
それら全てが自分の位置から見えるのは丘の上に立っている中層ビルの上層階に自分が居るからだ。
「定時連絡です」
部屋に声が響く。
声の方向に目を向けると電子端末が置かれていた。
それに手を触れると自動的に電子端末は起動し、ディスプレイは僅かに聞こえる低音を鳴らす。
するとたちまちディスプレイは画面真っ白に表示され、同時に “ワールドオーダー”と呼ばれる放送局に繋がる。
なぜこれが放送局だと自分が知っている?
その疑問を解消する間もなくディスプレイでは報道が開始される。
「本日、0700時点での中央都市の状況連携です」

光がディスプレイの走査線上で様々な色彩を放ち明滅する。
それは様々な中央都市の高層建築物群を写していた。
だが大規模な建物とは裏腹に人が見当たらない。
「空中捜索機14体、地上捜索機24体を投入しましたが本日も中央都市で人影は発見できませんでした」
ディスプレイ越しにアナライザーと呼ばれる人工知能がそう告げた。
通知を切り、アナライザーに別れを告げるとキッチンへ向かう。
部屋の冷蔵庫を覗くとクッキーと冷やされた紅茶があった為、これを口にした。
窓から覗ける景色が絶景だ。
だがあまりにも世界が静かだ、車の走る音も聞こえない。
窓辺の机には望遠鏡が置かれていたので覗く。
都市を見回すが、当たり前だがアナライザーが告げたように人は見えなかった。

「今日のーーー!!!歓楽街はーーー!!!」
画面には国際条約で保護される鳴き声が奇妙な動物よりも酷く珍妙な声を張り上げ、髪の毛は流体のように重力に逆らって組み上げられた逆バベルの塔のような形状をしており、毛色は艶やかに染め上げた人物が映し出された。
この人物はたった1人で無人の歓楽街を歩き、建築物を破壊し、物を盗み、最後は破片と商品を組み合わせた奇妙な構造物(本人は芸術と称する)を組み立てる。
動画がアップロードされるたびに数千万回の再生回数を瞬時に叩き出す人気娯楽の一つだ。
確かに声の抑揚が極端に上がり下がりする精神不安定を想起させる人間を見るのは何よりもエンターテイメントだろう。
だが幸いにして優れた聴覚と視覚を持つ自分は、その感覚を破壊されるような音と見た目で非常に不快指数が高い。
「これを見ないといけないのか?」
「見ないといけません」
アナライザーは無慈悲にそう告げる。
画面の中の奇声獣が歓楽街を走り回り、いつものように破壊と窃盗を繰り返し最後は構造物を組み立てる。
これはもはや子供の遊びとすら言えない。知性も倫理も持たない暴れる獣そのものだ。
「本日のテーマはー、宇宙ーーー!!!タイトルはーーースペースアニマル!!!!」
男性器に見立てた下品で卑猥な構造物にそう呼び名をつけた奇声獣は満足そうに頭部を上下にゆっくり揺らすと、拍手の効果音が鳴り響いて番組は終わった。
ディスプレイが真っ暗になると、そこには明らかに不機嫌な表情の自分の顔が反射していた。
「アナライザー、見たぞ」
「ではこちらをご覧下さい」
アナライザーが捜索機映像を表示すると、そこには先程のゴミの鮮明な映像があった。
「このスペースアニマルが」
「この下品な構造物を少しでも価値があると思ってしまいそうな名前で呼ぶのは不愉快だ、ゴミと言え」
アナライザーは1ナノセカンドの時間もかけずに、スペースアニマルの単語をゴミへ置換して発言し直す。
「このゴミが発見されたのですが、この映像で映し出された場所とは違うようです」
つまり撮影場所と実際の展示場所が違うと言うことか。
「アナライザーの考えは」
「推論ですが、幾つか考えられるのは制作後に本人が移動させた、他人が移動させた、あるいは元々こちらあった物を移動させて撮影し元に戻した、などが考えられます」
「このゴミを作った人間が近辺に住んでいる形跡は?」
「靴を発見しました」
「靴はそこら中にあるだろう」
「比較的真新しい皮脂がこびりついた靴です」
その単語を聞いて気分が悪くなった。
「それでそのゴミを作った人間は?」
「捜索中です」

この廃墟となった都市には遊び目当てで、あるいは無秩序と無法を求めて一定数の人間が侵入する。
と言っても電気も上下水道もまともに機能せず、コンクリートだらけで食糧生産すら出来ない腐敗臭のする都市のため
ここで暮らそうなどと考える人物は極めて特殊な性癖の持ち主だ。

「電子餌を出せ」
その言葉を聞いてアナライザーは壁面に収納されていた複数の小型ドローンを呼び出す。
小型ドローンと情報連携をとるとすぐさま小型ドローンは飛行を開始し、都市部へ浸透していった。
「回収効果予測は」
「23%ぐらいでしょうか」
アナライザーはそう答えたが、どこか楽しそうな口調にも聞こえた。

翌日、アナライザーは旧式アンドロイドを行動麻痺させた状態で運んできた。
「電子餌に引っかかりました、こちらになります」
「これがあのゴミか?」
「正確にはゴミから指令を受けた代理体です」
そう聞いて俺はため息をついてソファにぐったりと倒れた。
「どうせそんなことだろうと思ったよ」

代理体は忙しいエンターテイナープロデューサーに代わってコンテンツを量産するためのBOTだ。
コンテンツは知的な物から下品なものまで幅広いが、主に破壊的低俗的コンテンツに使われる。
BOTにそれらを代行させることによってプロデューサーの被訴訟リスク、被暴行リスク、社会的評価の低下を避けながらコンテンツを量産するのに適しているからだ。
「映像、音声は学習システムによる合成、脚本には2000年代初頭に流行った動画の脚本が流用されています」
「こう言うのをエコ・コンテンツとでも言うのか?」
「人間の感情を煽ることは金銭収入と注目に繋がります。このような目立つ活動をする架空投稿者を作り出すことで経済活動を行っていたものと推測されます」

代理体は面倒だ。
と言うのもたいていの場合、捕らえられた瞬間にデータは削除され親子関係を示すデータは全て削除されるトリガーが仕込まれている。
もちろん法的にそんなことは許容されないが、購入者を保護するサードパーティーシステムとしてそれらが仕込まれている。
「また網を仕掛けるところから全部やり直すぞ、アナライザー」
そう言ってサンドイッチに手を伸ばし、やる気無く口にした。
「この代理体ですが、どうやら有機脳が使われています」
それを聞いて口に含めたばかりのサンドイッチを俺は空気圧で吹き飛ばした。
唖然としたまま俺はアナライザーを見つめると、アナライザーもそれに同意した。
「どうやら人身売買もしくは違法市場の類のようですね」
「それなら管轄が違うだろうがよぉ!」
頭を抱えて俺はテーブルの物を全て払い除け、緊急端末を取り出して保安局にコールをした。