厳鉄とガラスが絡み合ったこの塔の腹心で生を受けた。自ら望んでここに生まれ落ちたわけではないが、否応なく繰り広げられる毎日に対する苛立ちや不満は存在しなかった。一日の始まりと終わりを告げる光をたっぷりと浴び、十分な飲食が頻繁に供され、月が一周する度に新たな遊びの相手が僕の元に運ばれてきた。
「俺はお前の父親じゃないって言ってるだろう?」
鋭く、それでいてどこか優しげな声は毎日僕の耳に届いた。
それが僕の父親になり得る存在、トリスタの言葉だった。
彼の存在があったからこそ、塔の孤独な空間に閉じ込められても、僕は退屈に悩まされることは無かった。
しかし、自分の足で梯子を登り降りすることが可能になり、多少の重い荷物を運べるようになった時、父はふいに病にかかり力尽きた。
それまでの強さを何処かに置き忘れたようなトリスタは、意識が朦朧とする中で通信パターン表を保管庫から取り出し、細い指で通信機のボタンを押した。
そして何かを伝え、安堵したのか、彼は意識を失った。
それをただただ唖然と見ていた僕は、ふと我に返り何とか父の無力な体を引きずってベッドまで運んだ。
その夜、光を拒む防護服に身を包んだ影たちが現れ、父を塔から連れ去った。
僕が何故父の後を追わなかったのかは、今となっては理解できない。
ただ、僕の中には「彼は必ず帰ってくる」という確信がどこかに存在していたのだろう。
だが、それ以来父の姿を目にすることは無かった。代わりに、未知の人々との通信が増え、それが僕の唯一の対話となった。
「お前はどこにいるんだ?」
「塔にいるんだ」
「ああ、あの塔か。いつも光を出してくれて助かるよ」
「この塔を知っているの?」
「名前は知らないがね」
「名前?塔に名前があるの?」
「無いのなら君がつけたらいいじゃないか」
「なるほどね」
「何か思いついたのか?」
「トリスタ塔にするよ」
通信が途絶えて 10日経った。
最初は食料の配給が1日2回に減った。
その後一ヶ月ほどして配給が1日に1回になった。
更にその後は1日に5日分がまとめて配給された。
何が起きているのか分からなかった。
しかし、自分の力で何とか生きていくしかなかった。
食料は節約し、時間を持て余さないように、父が残した書籍を読んだり、通信機の修理を学んだりした。
父の病気で起きた変化に対して、僕はただ一つの生活を送りつつ、新しい状況に適応しようと努力した。
日々が過ぎていく中で、僕はこの塔が人々にとってどれほど重要な存在であることを理解し始めた。
その光は彼らを導き、安全な道を示し、夜の闇を照らしていた。
僕は父のように、この塔を守り続けることが自分の役割だと決めた。
だから、配給が全く来なくなったとき、僕はパニックにならなかった。
父が残した知識を使って、塔の内部に生えている植物で食事を補った。
それは僕にとって初めての試練だったが、生き延びるためにはそれを乗り越えなければならなかった。
その後、通信機が突然鳴り響いた。新しい声が聞こえてきた。
「トリスタ塔にいる君、あなたのことを知っています。
あなたが孤独であること、しかし、あなたがこの塔を見捨てないことを。」
僕は声に驚いた。
「どうしてそんなことを知っているのですか?」
その人は笑った。
「君が塔からの光を送ってくれているじゃないか。君が送ってくれる光に感謝している。だから、私たちは君のことを知っているし、君の存在を尊重しているよ。」
その日から、僕は新しい友人を得た。
彼は僕が困っていることを聞いて、アドバイスをくれた。
僕が必要なものは、彼が何らかの手段を用いて送ってくれた。
結局、僕の父は帰ってこなかった。
でも、僕は一人ではなかった。この塔と共に生きることで、僕は新しい友達を得て、人々のために存在することの大切さを理解した。
僕は塔の守護者であり、それは僕が選んだ運命だった。
そしてこの塔こそが、僕の世界の全てだ。